『cloudy』  作:ごまべーぐるさん

「勘弁してよ、こっちは校了明けなんだからさ」


斉藤はこめかみを押さえ、冷蔵庫から出したボルヴィックを口にした。
「たまにはいいじゃん、早朝デート」
村田はわくわく、といった顔で斉藤の顔を覗きこむ。
ちなみにこちらも徹夜しているが異様にテンションが上がっている。
「歌にもあるじゃん、『寝不足だって構わないわ 朝まで居たい』って」
「いや寝不足とかじゃなくて寝てないし」
「行こう〜」
腕を取ってぶんぶん振られ、斉藤は仕方なく溜息をつき、
「顔だけ洗わせてよ」
と言った。


雨上がりの朝の道は、思ったよりは寒くなかった。
千切れ雲が流れ、遠くの空は晴れている。
「楽しいね〜」
村田は隣で軽くスキップしている。
まだ明けきってない街はどこかけだるい。
雨に埃を流されたのか、どこか透明な空気が辺りに満ちていた。
斉藤は頭をかきながら、だるそうに歩く。
さっき自動販売機で買った、あったかい「BOSS」のカフェオレを時々口にする。


「コンビニ寄ってなんか買ってこ?
朝ゴハン作ってあげる」
「マジで?」
斉藤は顔をしかめた。
「なにさ。あたしだってね、ゴハンくらい作れるよってんだ!」
村田は無意味に腕まくりして江戸っ子のように啖呵を切った。
ちなみに出身は神奈川である。
「アンタこの前シチュー焦がしたじゃん」
「あれはシチューだからだよ。今日は朝メシだからダイジョーブ!」
全然論理的にもおかしいのだが、村田は胸を張りずんずんコンビニへの道を進む。
「またにわか料理ブームが始まったよ……」
斉藤はまた頭をかいた。


「食パンは?」
「パンケースに3枚残ってる。アンタが食べてなかったら」
「バターは?」
「この前アンタのお母さんから頂いたのがある」
「ソーセージは?」
「3日前に食べていくらか残りがある」
「牛乳は?」
「あ、ちょうど切らしてた」
「じゃ、買うね」
村田と斉藤は質問とその回答を繰り返しながら、コンビニの店内をカゴ片手に回って
いた。
「重いモンは最後に入れなよ。あとでツライよ」
斉藤はカゴを持ってやる。
「うん、持つ持つ。
ジュースは?」
「あたしが昨日出かけたあとアンタが飲んでなかったら、結構残ってる。グレープフ
ルーツの」
「あ、コップ2杯ほど飲みました」
「じゃ、買おうか」
「紅茶は?」
「フォションのが残ってる。リプトンのティーパックのも封開けてないのまだあるよ」
「すごいね」
村田は斉藤の顔を見て、感心した声を上げた。
「なにが」
「あたしより家にいないのに、食品状態をあたしより把握してるから」
「アンタが把握してなさすぎなのよ」
斉藤は軽く村田の頭をこづく。
「生野菜は……しょうがないね。売ってないし。サラダでも買う?」
「レタスときゅうりならあるわよ。おとつい買っといた。
あとなんか色々細切れのが余ってる」
「トマトがないのは忍びない」
「じゃ、トマト入ってるの買いなよ」
「許可が下りたので投入、っと」
トマト入りのサラダをカゴに入れる。
「あ、卵は?」
「2個くらいあったと思う」
「じゃ、買います」
「ヨーグルトは?」
「そんなのここしばらくないって」
「じゃ、食べます?」
「大きいの買ってもアンタ飽きてくさらせるから、小さいのにしときなよ」
「へいへい」
あと雑誌なども買い、結構な買物になった。


「重い!」
袋を持って、斉藤は文句を言う。
店内を出、10歩くらい歩いて無闇にハラが立ってきた。
「なんでワインなんか買うの!」
「いや、確か鶏肉があったから赤ワイン煮込みというのを作ってみようかと」
村田は流石に悪いと思ったのか肩をすくめる。
「あ、ごめん。
あたしが炒飯作ったとき使っちゃった。
ムネ肉のやつだよね。ああ、お弁当作るのに唐揚げにもしちゃった」
「……いえ、いいです。
また今度にします、ワイン煮込み」
村田は背を丸めとぼとぼと歩く。
斉藤はちょっと立ち止まってそれを後ろから見、ちょっと小走りに近づき彼女の手を
取ってつないだ。
「また今度作ってよ」
「うん」
「焦がさないでね」
「あ、またトラウマをえぐることを……」
わざと胸を押さえるフリをし、村田は「うう……」と呻く。
「あ、晴れてきたよ」
空は、晴天を向こうから連れてきた。