『空港』  作:ごまべーぐるさん




それはなんてことのない1日でした。
わたし、紺野あさ美はその日のお仕事を終え、楽屋でまったりしておりました。
帰ったり次の仕事場に移動したメンバーもおり、
わたしは同期の愛ちゃんがジュースを買ってくるというので、
なんとなく一人で待っておりました。


「だいじょうぶきっとだいじょうぶ〜♪」
MDで大好きな後藤さんの歌を聴きます。
人知れず歌っていたのはお許しください。
「フッフー!」
座ったままで腕を振り上げてみます。
「「偶然あなたと出逢って…」」
ありえないハモリがあったので、ハッと鏡のほうを見ました。
ドアのそばに、後藤さんが腕組みして立っていらっしゃるのが映ってました。
「ご、後藤さん…」
「おっす。ノリノリじゃん」
「あ、あの…ど、どうされたんですか」
わたしはどもりながら台の上の化粧道具をがちゃがちゃ片付けました。
はずみでマスカラが音を立てて下に落ちました。
「いんや、早目に仕事上がったからさあ。モーニングも今日ここだって聞いたから」
「はあ、お疲れ様です」
「そーれーよーりーさー」
明らかに不服そうに後藤さんは頬を膨らませました。
後藤さんはこういうとき、本当に大人げありません。
まあ、そこがかわいいのですが。
「な、なんですか」
「ごとー、まだ誕プレもらってないんだけど〜」
忘れていたわけではありません。
ただ、後藤さんは地方でライブでしたし、
わたしもお仕事でしたので物理的にはムリでした。
それからも忙しく、気がついたら10月になっておりました。
「す、すみません。次お会いするときには必ず!
 きょ、今日いらっしゃると知ってれば持ってきたのですが…」
わたしが慌てて言い訳してると、後藤さんは腕組みなさったまましばらく考えられ、
「んあ、今日もらうからいい」
といきなりわたしをお姫様抱っこし、そのまま連れ去られました。
あ〜れ〜!


着いたところは、どこかのホテルでした。
「ここは…?」
「ホテルだよ。ごとー、明日朝イチで海外だから今晩は前泊すんの」
「ああ…お仕事ですね」
「そ。だから紺野さん」
「はい?」
「今夜、ごとーのものになってね」
一瞬…なにを言われたか把握できず、脳が理解した途端、わたしはぼっと赤くなりました。


「あ、あの…」
「んあ?」
「わ、わたし、マスカラを楽屋に落っことしてしまったようです。戻って取って来ます」
「マスカラくらいごとーのあげるって」
後藤さんが苦笑します。
「そ、それだと後藤さんのが…」
「いいっていいって。なんだっけ?メンゼーテンってトコで買うから」
「ああ…そうですね」
「さあ〜。なに食べよっかな〜♪」
お部屋でルームサービスのメニューを広げ、後藤さんはご機嫌です。
わたしは落ち着かず、おろおろと椅子から立ったり座ったりしておりました。
「落ち着いたら?ホラ、なにすんの?」
「お、落ち着けって言われたって…」
「オムライスもあるよ」
「あ、じゃ、それを」
「それだけでいい?なんかお茶漬けとかあるけど。鮭に梅とかだって」
「えーと、できたらもっと…」
「フルーツ盛り合わせ。アイス各種。パンケーキ(フルーツソース添え。
 お好みでメープルシロップとバターにも変更できます)」
「…ステキです」
オムライスはさすがホテルのもので、ケチャップではなくブラウンソースがかかっておりました。
後藤さんは洋風御膳というお弁当のようなものを頼まれ、いつものようにもりもり召し上がりました。
わたしたちはなんだかんだでデザートをあほほど頼み、トータル金額を計算した後藤さんは青い顔になられました。
「…すみません。自分の分は出します」
「ああ、いいっていいって。今日はごとーがワガママ言ったんだし」
それよりー、と後藤さんは続けます。
「はい?」
「二年待ったんだし、いいよね?」
後藤さんがわたくしの首筋に顔を埋められました。


ことの起こりは二年前、『DO IT!NOW』という曲が出る前でした。
憧れの後藤さんと並んで歌える。
今までにないパート割にわたしはとても興奮し、その反面怖くなってました。
そんなわたしに勇気をくれたのは
『紺野、歌うまくなったね〜』
という後藤さんのひとことです。
自信をなくしかけていたわたしは希望を持てました。


「んあ、紺野のカノジョにしてくんない?」
このときも、なにを言われたか理解するのに時間がかかりました。
「へ…?え?」
「ごとーが紺野のカノジョになんの」
「はあ…」
「紺野、好きなひと、いんの?付き合ってるひととか」
「いえ…いませんが」
「んじゃ、きまりね」
今思えば、下手に出た割には随分強引な口説かれ方でした。
そうやって言われたのが、後藤さんが卒業を発表されてからでした。


―――あれはいつでしたか。


そうそう、後藤さんの卒業企画で『東京フレンドパーク』に娘。全員で出たときです。
わたしは司会の関口宏さんの白髪をヒソカに数えながら、収録に臨んでおりました。
最終戦のエアーホッケーで後藤さんとわたくしが見事に点を決め、ホンジャマカのおふたりを破りました。
その収録後。
「んあ。んじゃ、ごとー勝ったから約束どーり紺野は今晩貸切ね」
「へいへい。しゃーないな、たく」
矢口さんが仕方なさそうに笑ってます。
おろろろろ。
どーしてわたし、ごとーさんに抱っこされてるのでしょう。
「あ、あの…」
「んあ?リーダーとサブリーダーの許可はもらってるから」
飯田さんと保田さんを見ると、二人とも静かに笑ってました。
わたしはすぐ近くのホテルに連れ去られました。


「ど、どういうことですか!?」
「だーかーらー、ごとーの卒業祝いと誕プレも兼ねて『エアーホッケーで勝ったら紺野をちょうだい』って言ってたのー」
だからあきらめておとなしくごとーのものになりなさいって、と言いながら後藤さんはわたしに抱きつきました。
「じ、児童福祉法違反です!わ、わたしはまだ15なんですよ!?」
「んあ?同意ならいいんじゃないの?」
「同意でもダメです!犯罪です!」
「…わかったー」


―――それから早や2年。


「紺野ー。16歳おめっとー。お祝いにごとーが恋の手ほどきをば」
「だだだだだめです!16になったとたんなんて!」
「…んっあ〜」


「紺野ー。今日ごとー18になるんだよねー」
「あ、おめでとうございます。これを」
「…肝心のモノはくんないの?」
「じ、実は今日…」
「んあ…じゃ、しゃーないね」


「紺野ー。17だしもうーいいじゃろー?」
「…す、すみません。帰って金魚にエサをあげないと」
「…はあ」


―――こういうやりとりを繰り返してまいりました。


そういえば、わたしどもは世間でいうようなデートっぽいことをほとんどしてません。
「二人ゴト」で後藤さんと遊園地に行った田中ちゃんが、どれだけうらやましかったか。


「紺野、待たせすぎ」
「す、すみません」
「そうやってすぐ謝る〜」
「す、すみません」
後藤さんはちょっとあっけにとられたあと、くすくすと笑い出しました。


すみません、お待たせして。
さあ、どうぞ。


というわけにはいかず。


実は結構苦心しました。
そ、その。
あ、愛されてる間、どういう風にしてたらいいのかとか…全然わかんなくて。
後藤さんならそのへんをうまく処理してくれそーな気がしてたのですが。


なんとか終えてあのひとが言うには。
後藤さんも初めてだった。


「あ、あのお…後藤さんは市井さんとお付き合いされてたのでは…」
「んあ?確かに好きだったし付き合ってたけど、そゆのはなかった。チューはしたけど」
「はあ…で、では」
「ん?」
飯田さんは?保田さんは?平家さんは?矢口さんは?中澤さんは?吉澤さんは?
「や、ないし。てか、けーちゃんとなんてありえないし、まじで」
保田さんがここにいらしたら、『んま!失礼ね!』くらいおっしゃるでしょうか。
「あいぼんは?愛ちゃんは?…」
ここで、唇で塞がれました。
「なんかさあ。ごとー、すっげー手近でばっか手ェ打ってるヒトみたいじゃん。
 そのラインアップきーてると」
わたしも手近…?
「いまこうしてたいのは、あさ美だけだから」
やれやれと、言い、後藤さんはゴロンと寝転びました。
わたしの腕の中に、ごそっと潜り込んできます。
「あ〜…すんげーいい気持ち」
ハダカの胸に顔をうずめられるのは結構恥ずかしいものです…。
それよりこういうとき下の名前呼び捨ては反則です。
お願いだから。
これ以上、夢中にさせないでください。


あのひとの男の子みたいに短くなった髪を、抱っこしてさらさらと撫でました。


空港が近いのに、騒音がしません。
眠りから目を覚ますと、部屋の中ががらんとしてました。


『おはよう
 よく寝てるから、起こさないで行くね
 2時まで延長しといたから、ゆっくりしてって
 おみやげ期待してて


 MAKI


 PS.寝ぐせかわいかったよ』


はあ…ついに見られてしまいましたか。
くせっ毛だから朝とか見られたくなくて、絶対寝起き状態では後藤さんに会わないようにしてたのに。
それにしても女の子をほめるんなら、寝ぐせじゃなくて寝顔でしょ?


メモと一緒にマスカラが置かれていました。
あの人の魅惑的な睫毛を、いつも輝いて見せているアイテムです。
わたしが使ったとて、大して変わりはないでしょうが。
バスローブ姿のまま、わたしは大きな鏡の前で、マスカラで睫毛をなぞってみました。


そのあと。
あのひとのいない部屋で、朝ごはんをルームサービスで取ってもそもそ食べました。


バスローブには、あのひとの余韻があります。
オムレツをお願いしたのですが、ゆうべのオムライスほどおいしくありません。


好きになりすぎるからこわい。
こうやって、ひとり残されるから好きになりたくなかったのに。


ひとりの部屋で、わたしは飛び立つ飛行機を窓から見つめました。


〜fin