『満員電車』  作:ちぃさん




あ…


無言でキチキチに詰め込まれるその中で

素知らぬ顔で私を触る人。


たまにいるんです。


『私こう見えてほんとは強いんです。空手だって茶帯ですよ。』

そうハッキリクッキリクールに言えたらと思うけど
カチンと固まる体、出なくなる声。


無遠慮にスカートの上から這い回る手。

不快感と悔しさのために唇を噛む。

イヤだ。


もう一方の手が腰を這い上がって前に回ろうとするのを肘でブロック。
しばらく格闘が続いたあと急にピタッと動きが止まる。

すかさず前に持っていたカバンを後ろにグイッ。


コレでちょっと安心かな?


はぁ〜

顔を上げるとナナメ前におそろしく無表情でこちら…
正確には私の後ろの人を見ている女の人。

もしかしてこの人のおかげだったりするのでしょうか?


電車が止まり反対側のドアが開く。



「おいで。」

人が減った瞬間、腕を引っ張られて彼女の側へ。


「降りる駅は?」

「あ…あの終点です。」

「そ。」


・・・・・・


ドア横の壁にもたれて眺める彼女の横顔はもう無表情ではなくて
トロンとしててちょっと眠そう?


「なに?」

「あっいえ。」


あわてて顔を伏せる。

じゃなくって…え〜とさっきのお礼を…


ガタンッ

あっ

「ん?」

俯いたまま彼女の肩辺りに額をくっつけたまま動けなくなる。


「す…すいません。」

「別に。」


そうこうしてるうちにまた駅について人が詰め込まれて…


「おっと。」

よろめいた彼女が私の後ろの壁に手をつき、
とっさに支えようとした私の手は彼女の身体に触れたまま。


「ん〜困った。」

つぶやく声は耳元近くでその表情をうかがうこともできない。

実は私も困ってます。



「あ…あの…」

「まぁ仕方ないよ。」


でも申し訳なくて恥ずかしくて心臓がバクバクいってます。


「う〜ヤバイ。ねむい。」

カクンと俯いた彼女の髪が首筋をかすめるからピクッと動いてしまう。


彼女は壁についた手に力を入れて背中側の人に文句をいわれつつ
かなり無理やり私とのスキマをつくる。


「どした?」

覗き込まれてあわてて俯くと
彼女から離れてしまった私の手が寂しげ見えた。


「大丈夫?」

「あ…はい。」

「ほんとに?」


顔を上げると気遣う目にぶつかった。

「はい。」

「そ。ならいいけど。」


少しだけ頬をゆるめたあと

何か?


「あのさ。腕つらいから…いい?」

「い…いいですよ。」

「んじゃ。」


え?
さっきと違いませんか?


腕に抱きこまれるように壁にもたれてる状態。


「あああぁ…あの?!」

「ごとう寝るから。」


ごとうさんとおっしゃるんですか?
ってそうじゃなくて…


ごとうさんの腕の中。
私のほっぺはリンゴのように赤いはず。


しばらくすると耳元にやわらかい寝息。

…すごいですね。


体を支えるためにとかいい訳をしながらもう一度ごとうさんの体に触れてみる。
この心臓の音が彼女に聞こえたらどうしようなんて心配が
よけいに心拍数を上げる悪循環。


ふとあることに思い当たる。


「あ…あの。どこで降りられるのですか?」

「…ん?」

体をゆすると不機嫌そうな声。


だって仕方ないじゃないですか。



「もう過ぎた。」

「え?」

「だからもぉいい。」


そんな…


「ごとうは寝る。」


なに駄々っ子みたいなこといってるんですか。


「じゃ私が降りるとき起こしますね。」

「ん。」



ガタンゴトン電車は走る。

やわらかな気持ちをのせて。



あ…もしかして
そうなんですかごとうさん?


「…ありがとうございました。」

眠りを妨げないようにちいさくちいさく告げる。


アナタの腕の中。
なんだか安心できます。





コレが始まり


☆fin☆